藤懸永勝(読み)ふじかけ ながかつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤懸永勝」の解説

藤懸永勝 ふじかけ-ながかつ

1557-1617 織豊-江戸時代前期の武将
弘治(こうじ)3年生まれ。父織田永継の死後,外祖父藤懸善右衛門にやしなわれた。織田信長につかえ,天正(てんしょう)元年浅井長政滅亡の際,小谷の方とその娘3人を信長のもとにおくりとどけた。のち豊臣秀吉につかえ,丹波氷上郡(兵庫県)に1万3000石を領したが,関ケ原戦いで西軍に属し,6000石に減封(げんぽう)となる。元和(げんな)3年6月5日死去。61歳。初名は吉勝。通称は三蔵。姓は藤掛とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む