藤金村(読み)ふじがねむら

日本歴史地名大系 「藤金村」の解説

藤金村
ふじがねむら

[現在地名]鶴ヶ島市藤金・鶴(つる)ヶ丘(おか)・松(まつ)ヶ丘(おか)一―三丁目・共栄町(きようえいちよう)・富士見(ふじみ)一丁目

太田(おおた)ヶ谷(や)村の北にあり、西は脚折(すねおり)村、北は入間(いるま)郡関間(せきま)新田(現坂戸市)。大谷(おおや)川が南西から北東に流れる。南方を川越越生(かわごえおごせ)道がほぼ東西に通る。小田原衆所領役帳には小田原衆布施弾正左衛門の所領として高麗(こま)郡の藤金八貫文がみえ、弘治元年(一五五五)に検地が行われている。近世には高麗郡川越領に属した(風土記稿)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む