藤間 政弥(読み)フジマ マサヤ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「藤間 政弥」の解説

藤間 政弥
フジマ マサヤ


職業
日本舞踊

本名
山田 すず

別名
後名=藤間 雪後

生年月日
明治12年 4月

出生地
東京

経歴
6歳の時、藤間勘八から手ほどきを受け、13歳で2世藤間勘右衛門に師事。17歳で名取。27歳の時藤間政弥の名を許され、舞踊師匠となる。新橋・赤坂の舞踊の師範として活躍。京都の都踊に対して東会を組織、のちの東おどりの基礎を作った。素踊りの男の役を得意とし、振付に「かさね」「隅田川」「松浦小夜姫」など。そのほか東会(東おどり)の作品がある。昭和23年引退公演で藤間雪後と改めた。

没年月日
昭和32年 1月21日 (1957年)

家族
娘=吾妻 徳穂

伝記
藤間政弥 松本亀松 著(発行元 青柿社 ’48発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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