出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…地歌(じうた),義太夫物のほか,長唄,清元,常磐津物も加え,井上流を大きく発展させた。長年,祇園の舞の師匠として活躍し,1872年(明治5)〈都をどり〉を創始した。(4)4世(1905(明治38)‐ )京都生れ。…
…2世,3世と,金剛流,観世流の能の影響を受けたが,歌舞伎や人形浄瑠璃の長所も取り入れ,〈人形振り〉の型を井上流のものにした。3世の時代に祇園町の舞の師匠となり,1872年(明治5)〈都をどり〉を起こした。品位の高さ,芸格のたくましさが特徴といえる。…
…京都の花街にある芸妓,舞妓のための歌舞音曲の練習場であり,その発表のための会場である。1872年(明治5),京都博覧会の協賛の余興として行われた〈都をどり〉が大好評であったので,翌73年,四条花見小路下ル西側に祇園甲部花街が歌舞練場を設け,以後継続的に毎年4月〈都をどり〉を開催するようになった。1913年には東側に,35年に現在の東山区祇園町南側570に移った。…
…祇園豆腐や祇園香煎(こうせん)などの名物も生まれ,〈一力茶屋(いちりきぢやや)〉として《仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゆうしんぐら)》に登場して人口に膾炙(かいしや)した〈万亭(まんてい)〉のような茶屋もある。明治になって祇園は甲部と乙部に分かれ,膳所裏(せぜうら)と呼ぶ一区域を除いた祇園甲部は,日本で最も格式の高い花街とされ,その温習会である〈都をどり〉は陽春の京都の景物となっている。舞妓という呼称も祇園だけのものと錯覚されるほどであるが,そうした憧憬のごとき感覚の形成にとって,吉井勇の歌集《酒ほがひ》や長田幹彦の小説《祇園夜話》や歌謡曲《祇園小唄》の果たした役割も忘れることができない。…
※「都踊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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