蘭塔場跡(読み)らんとうばあと

日本歴史地名大系 「蘭塔場跡」の解説

蘭塔場跡
らんとうばあと

[現在地名]別子山村旧別子

別子銅山初期の大火災受難者の慰霊墓所跡。銅山越(どうざんごえ)から目出度(めつた)町跡に下りる途中の岡の上にある。現在はコの字形の石垣を残す。

元禄七年(一六九四)四月二五日、大火があり、全山ことごとく焼失。銅山役人河野又兵衛・元締役助七ら焼死一三二人を出した。多数の死者を出した理由には放火説もあったが誤りで、立川(たつかわ)銅山(現新居浜市)側が類焼を防ぐため自山に向火を放ったためという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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