虎丸村(読み)とらまるむら

日本歴史地名大系 「虎丸村」の解説

虎丸村
とらまるむら

[現在地名]新発田市虎丸

田貝たがい村・本間ほんま新田の北に位置し、田貝村の枝郷であった。正保国絵図に村名がみえ、三〇〇石余、村上藩領。寛文二年(一六六二)検地帳(新発田市史資料)によると早道場組に属し、田二四町六反余で三三四石二斗余、畑一一町三反余で六三石五斗余、ほかに新光しんこう寺屋敷など一反五畝余。上田・上畑の多い村である。宝永七年(一七一〇)幕府領となる。正徳二年(一七一二)の指出帳(新発田市史資料)は本田畑三八六石一斗余、新田一四石一斗余とし、家数三一、人数二七七、馬一一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む