虎谷村(読み)とらだにむら

日本歴史地名大系 「虎谷村」の解説

虎谷村
とらだにむら

[現在地名]魚津市虎谷

早月はやつき川支流の小早月こはやつき川沿いに位置し、集落は右岸にある。文化七年(一八一〇)の新川郡郷庄附村名書上申帳(加越能文庫)は「トラタニ」と読む。北西はち村。江戸前期まで加賀藩の越中七金山の一つとして金山が栄え、虎谷金山(三州志)・虎谷加禰山(三州地理志稿)と称された。金山の発見は元和元年(一六一五)三月頃といわれ、松倉まつくら金山の山師仁兵衛が隣村鉢村領内の三枚六両さんまいろくりようという所で金鉱を発見し、莫大な金を掘当てた。これを伝え聞いた山師たちが河原波かわらなみ金山、下田げだ金山(現上市町)亀谷かめがい金山(現大山町)などから続々つめかけ、三枚六両の地続き三郎さぶろう谷でも金鉱が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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