虫幡村(読み)むしはたむら

日本歴史地名大系 「虫幡村」の解説

虫幡村
むしはたむら

[現在地名]小見川町虫幡

木之内きのうち村の西に位置する。応安七年(一三七四)一〇月一四日の鎌倉府奉行人奉書写(香取文書)木内きのうち庄内虫幡郷とみえ、木内掃部守は同郷の年貢以下の神役を皆済するよう命じられており、千葉氏庶流で同庄地頭木内氏の勢力下にあった。至徳二年(一三八五)当時も香取社の神田畠が「むしはた」にあり、大禰宜大中臣氏により相伝されている(一〇月四日「大禰宜長房譲状」同文書)。応安七年には遍照金剛覚俊が木内庄虫幡談所で「灌頂私記」の書写を行っている(享保一五年「蓮華院流血脈写」徳星寺文書)。木内胤朝の三子氏胤は虫幡氏を称したといわれ、当地には氏胤が築いた砦があったとされる。

天正一九年(一五九一)六月二四日の香取郡木内庄木内郷枝虫幡村野帳(伊藤家文書)が五冊残り、高五九四石余・反別六七町九反余、うち田四一町余・畑二五町七反余・屋敷一町一反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む