交通あるいは交通サービスとは,特定の輸送対象(貨物あるいは旅客)を特定の方向と距離に限って特定水準の速度でもって場所的に移動させる行為を意味し,今日,この意味における交通サービスの対価が運賃と称される。一般にある特定の交通機関が交通サービスを生産するとき,通路way,運搬具vehicleおよび動力motive powerの三つの要素(交通機関の3要素)を用いて生産する。しかしときにはなんらかの社会的ないし経済的理由により,これら3要素のうち通路のみのサービスを提供する場合,あるいは運搬具と動力のみを用いて,いわゆる狭義の交通サービスを提供する場合がみられる。これら二つの場合のうち通路サービスの対価はとりわけ通行料tollと称され,後者の狭義の交通サービスの対価,すなわち狭義の運賃と区別される。このように今日,運賃rate,fareという用語は,通行料を含む総合的な交通サービスの対価を意味する場合と,狭義の交通サービスの対価に限定される場合の二つについて共に使用されるので注意を要する。
イギリスについてみれば,18世紀後半の運河時代から19世紀前半の鉄道時代の初期に至るまでは,運河および鉄道は支配的に通路会社であり,これらは通路サービスに対して通行料を課した。しかし19世紀後半の鉄道の成熟期に入って鉄道が単に通路のみならず,運搬具と動力をも自ら提供し総合的な交通サービスを提供するようになり,通行料プラス狭義の運賃という総合的な対価を意味する用語を必要としたが,人々はその際,運賃rate,fareという用語を拡大解釈することにより新たな事態を処理した。それ以後,われわれは狭義の運賃のみならず広義の運賃をも同一の用語で表現するようになっている。なお通常,広義にしろ狭義にしろ,運賃は基本的に特定の距離の克服に対する対価であるが,それは同時にある特定水準の速度,輸送設備,便宜等を前提とした対価である。したがって,いま同じ特定距離の克服に際しても,通常の水準を超える特別な速度,輸送設備,便宜等を求める場合には,運賃に加算してしばしば特定の料金chargeが徴収される。
今日の鉄道が,交通機関の3要素を結合して総合的な交通サービスを生産する代表的な交通機関であるとすれば,今日の高速(有料)自動車道は典型的な通路会社であり,また海上運送業,航空運送業および自動車運送業は典型的な狭義の交通サービスを生産する運送業である。これら狭義の運送業は一般に,私的運送業(者)private carrier,契約運送業contract carrierおよび公共運送業public carrierの3種の経営形態に分類される。私的運送業(者)はいわゆる自家用運送であり,この場合,運送費は発生するが,運送価格としての運賃は存在しない。他方,契約運送業と公共運送業には運送費とともに運賃が存在する。契約運送業においては,運送者は特定の荷主あるいは特定少数の利用者のみに交通サービスを供給し,その際に実現する運賃は契約運賃ないし特別契約運賃と称される。公共運送業においては,契約運送業の場合と異なり,運送者は不特定多数の利用者に対して交通サービスを供給し,一般的な条件を備えるすべての利用者に対し,事前に公表されている一定の運賃でもって一定の交通サービスを供給する義務を負う。この種の運賃は一般に表定運賃と称される。なお,公共運送サービスに関しては一般に,サービスの安全性,迅速性,規則性に加えて特に運賃の低廉性が要求される。
ラードナーDionysius Lardner(1793-1859)は《鉄道経済学Railway Economy》(1850)において,鉄道に代表される近代的生産では直接費のほかに巨額の固定費が存在することを指摘したが,この巨額の固定費の存在は,鉄道に対して運送価値説value of service theoryあるいは負担力原理what-the-traffic-will-bear principleと称される差別運賃論を展開させることになった。すなわち各輸送対象について求められる直接的な追加費用を各運賃の最下限の目安とし,実際は問題の輸送対象に期待される運賃負担力に応じて運賃を決定するという方法である。この方法は最も有効に固定費の償還に貢献するが,他面,各輸送対象の負担する固定費の償還分(粗利潤)にかなりの差をもたらすことから,一部の人々は,社会的公正に欠ける運賃決定の方式であると非難する。このような人々はむしろ総平均費用に基礎をおく運送費用原理cost of service principleの採用を主張する。すなわち固定費の償還はすべての輸送対象により公正に賦課されることが社会正義にかなう方法であると考えるのである。ノーザン・パシフィック鉄道対ノース・ダコタ州政府の事件(1915)に関するアメリカ最高裁判所の判決は,この費用原理を代表する見解として有名である。
しかし実際問題として,鉄道にみられる巨額の固定費はすべての輸送対象に関連する共通費でもあり,個々の輸送対象に科学的に配分することはおよそ不可能である。さらに現実になんらかの費用計算あるいは公正報酬計算に基づき一見社会正義に即した運賃が算出されたとしても,その計算運賃が個々の輸送対象の運賃負担力を超える場合には,それは経済的に無効である。あるいはまた,1870年代のアメリカのグレンジャー法Granger lawsのように鉄道の経営を崩壊させるような低率運賃を強制しても,これも経済的に無効である。以上のような事情により現実の運賃決定において効力をもってきたのは,支配的に〈不当な〉人的・物的・地域的差別行為の禁止という制約を付された負担力原理の適用であり,費用原理はむしろ現実の負担力原理の実践に対する抑制効果をもってきたというべきであろう。
鉄道に関してより具体的にみれば,負担力原理の実践は,等級分類classificationと遠距離逓減運賃tapering rate systemという二つの重要な特質を与えた。各輸送対象は期待される運賃負担力の大きさにより数個の等級に分類され,同一等級に属する輸送対象は,たとえ直接的な運送費に差がある場合にも,同一の運賃率が適用される。また運賃負担力は距離に比例して持続することは不可能であるので,今日では一般にベルギー方式という特殊な方式により,輸送距離が延びるにつれて運賃率はむしろ低下する遠距離逓減制が採用される。鉄道時代の初期,各鉄道会社の営業キロ数が短かった時代には距離比例運賃equal mileage rate systemが一般的であった。その後,別名ハンガリー方式と呼ばれる地帯別運賃zone-rate systemが採用されたこともある。
いずれにせよ負担力原理は,直接的な費用差に対応しない運賃差を与えるとの意味で,鉄道用語上,しばしば差別運賃と同義に解されている。また負担力原理は荷主の利益をあますところなく吸い上げるものとして,ときには吸血の原理bleeding the traffic to deathといわれたこともある。これとは逆にフランスのデュピュイJ.J.Dupuit,アメリカのハドリーArthur T.Hadley(1856-1930),あるいはイギリスのアクワースWilliam M.Acworth(1850-1925)などは負担力原理に基づく差別運賃制こそが,鉄道をして巨大な固定費の負担に耐えさせ,また一様な運賃制度の下でなら当然締め出されるであろう運賃負担力の小さい弱小荷主に対しても輸送サービスを享受させる慈悲深い原理tempering the wind to theshorn lambであることを強調した。この種の説明としてはハドリーのカキ事件の例証が有名である。
鉄道に代表される費用逓減産業は一般に自然独占としての特質をもつといわれる。しかしその独占化の過程においては,しばしば激烈な寡占的競争がみられ,相互に高価な代償を支払ってのちプーリングpoolingという協調関係を設定する場合がある。プーリングのおもな形態としては運輸プールtraffic poolと貨幣プールmoney poolがある。前者は,特定競争品目に関する運賃協定と運送分担比率を相互に協定し,お互いの競争を排除するものであり,後者は特定競争品目に関する,参加者の運賃収入の全部あるいは一部を,ひとまず共通のプール勘定に供託し,一定期間ごとに,事前に協定された配分比率でもってその供託金を相互に配分するというものである。この種のプーリングとしては,アメリカ南部全域の主要な交通機関を傘下に収めた南部鉄道船舶運輸連合(1875-93)が有名である。日本においても1902年(明治35)と04年に,名古屋~大阪間の貨客輸送に関して国鉄と私鉄(関西鉄道)の間に運輸プールが成立している。この種のプーリング協定は一般に,不況その他の経済情況の変化を契機として崩れやすい不安定な性格をもち,長期的にみれば,やはり安価な運賃と良質のサービスを提供しうる能率的な交通機関が,同種あるいは異種の劣悪な競合交通機関を駆逐することになろう。
1938年になると,アメリカのホテリングH.Hotellingは新たな運賃理論を展開した。すなわち,社会全体の経済的厚生を考えるとき,鉄道のような費用逓減産業においても,運賃を輸送サービスについて求められる限界費用(直接費の追加分)に均等ならしめ,その際に発生する赤字は国庫助成により補てんされるべきであると主張した。この見解はその後,限界費用価格形成原理marginal cost pricing principleに基づく運賃決定として知られているが,この新たな運賃決定は,現状のきわめて不完全な経済情況の下では厳密に適用することができないとの見方が有力である。しかし外国の諸都市で最近採用され始めているピーク・ロードpeak-load運賃制あるいは特定時間帯における混雑税congestion taxの徴収などは,おおまかにみれば,限界費用価格形成原理に準じた方向での新たな試みといえるであろう。ピーク・ロード運賃制については,イギリス諸都市のピーク運賃,混雑税の徴収についてはシンガポールの都心地区乗入れ制限計画(1975-)がよく知られている(〈価格形成〉の項参照)。
交通サービスは本来,それ自体が人間の本源的な欲求を充足させるものであるよりは,むしろ最終消費財あるいは生産財に対する需要から引き出される派生需要である。したがって,運賃の変化は需要される輸送サービスに対し,ある程度の直接的な需要効果を与えるが,それ以上に運賃変化は本源的な財の価格に影響を及ぼし,その価格変化が与える本源的な財の需要への影響を通して,結局,その輸送サービスの需要量に変化を与えるという間接的な需要効果をもつ。しかし直接的効果にしろ間接的効果にしろ,ほとんどの財は生産の場と消費の場が異なるので,運賃の変化はほとんどの財と関係をもつことになり,その経済的ないし社会的影響力は大きい。そのような理由により中世このかた,運賃あるいは通行料は一般に公的な規制を受けてきた。逆にまたその大きな影響力のゆえに,運賃は単に経済的な理由によるのみならず,むしろ積極的な政治的ないし社会的理由により決定,維持される場合も少なくない。
→航空運賃
執筆者:丸茂 新
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
交通サービスの提供者と利用者との運送契約に基づき、運送の対価として支払われるもの。一般的にサービスの対価は「価格」とよばれるが、それが交通サービスにおいては「運賃」とよばれるにすぎず、両者の間には本質的な違いはない。
しかし、「運賃」と「料金」には明確な違いがあるとされる。運賃は輸送に対する基本的な対価であり、運賃の支払いがなければ交通サービスは利用できない。一方、料金は基本的な交通サービスに付随するサービスへの対価と理解される。たとえば、列車の特急料金、座席指定料金、寝台料金などがこれに該当する。したがって、特急料金の支払いをしても、運賃を支払わないときは交通サービスを利用することはできない。以上の整理から、特急料金は特急運賃とはよばれないし、タクシー料金は厳密にはタクシー運賃とするのが正しい。
従来、旅客運賃は総括原価主義に基づいて決定されていた。これは適正な原価に適正な利潤を加えた総括原価に等しく運賃を設定する方式である。そして運賃水準決定のために、正味の資産価値に公正報酬率をかけ、それを適正な利潤として費用に加えるという公正報酬率規制が、多くの場合に適用されていた。しかし、この方法は企業の経営努力を刺激しないという問題点などがあり、その後運賃規制は緩和され、現在では総括原価主義の考え方は後退している。
運賃は、いわゆる公共料金の一つとされ、国民生活に直結するものとして、その値上げや値下げについては世間の注目が高い。また運賃体系や運賃水準の変更はマクロ経済的にも大きな影響を与えるために、その決定については政府からの介入を受けることがある。逆にいえば、その影響力の大きさから、以前の国鉄運賃改定における国会の紛糾(国鉄運賃の決定には当時国会の議決を必要とした)など、運賃が政争の具とされることも多い。
1990年代以降の交通サービスの規制緩和によって、運賃に関する規制も緩和された。たとえば、総括原価に厳密に基づいていた運賃は上限運賃制に移行し(鉄道、乗合バス)、幅運賃制が撤廃された(航空)。しかし、多くの場合、国土交通大臣が運賃を変更できるという留保条件がついているのが一般的である。
[竹内健蔵]
『斎藤峻彦著『交通市場政策の構造』(1991・中央経済社)』▽『山内弘隆・竹内健蔵著『交通経済学』(2002・有斐閣)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しかし市場が拡大し,輸送量が増加するにつれ,輸送を専門とする業者が現れるようになった。18世紀イギリスでは,輸送業者として営業を始める者に公共運送人(コモン・キャリアcommon carrier)としての責任を負わせ,運送を依頼されたなら理由なく断ってはならないこと,依頼者によって不当な差別をしないこと,合理的な運賃で運ぶこと,安全な輸送をすることなどを義務づけた。こうした規制によって,コモン・キャリアは公衆のために共同利用が可能な輸送機関となった。…
…(1)は市場の失敗であり,このような理由の場合,政府は(a)鉄道がその典型であるが,費用逓減の現象が存在し,自然的独占のケースであるから自由競争は資源の浪費をもたらすこと,(b)騒音,排気ガス,振動等の公害による外部不経済が存在すること,(c)交通施設に対する投資は完了までに長い年月を要するので将来についての不確実性が大きいこと――を考慮しながら,資源配分の適正化をはかるために直接市場を規制する必要がある。(2)の理由の場合,たとえば交通需要が著しく小さいために運賃収入で費用を償うことができないような地域では,公共交通機関は経営が成り立たないので交通サービスを提供しなくなる。したがって自家用車を利用できない住民の足を確保するために,政府が補助政策を行う必要がある。…
※「運賃」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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