蛭間村(読み)ひるまむら

日本歴史地名大系 「蛭間村」の解説

蛭間村
ひるまむら

[現在地名]津島市蛭間町

寺野(てらの)村の南に位置し、東は古大江通(こおおえどおり)用水を境として篠田(しのだ)村(現海部郡美和町)に接している。織田信雄分限帳に「加増四百貫 ヒルマ村 安井将監」とあるのが文献上の初見。弘化四年(一八四七)の村絵図(徳川林政史蔵)によれば、北は目比(むくい)川と古大江通をつなぐ「五ケ村悪水落ち」筋が北苅(きたがり)・寺野・青塚(あおつか)・葉苅(はかり)四ヵ村との境界になり、その南側に「十三ケ村囲い」の堤がある。集落は村域の西端にあってほぼ正方形をなし、集落内に「府志」記載の浄土宗大徳(だいとく)寺と真宗大谷派覚恩(かくおん)寺があり、集落の東縁部に八幡社・諏訪明神社・神明社が北から南へほぼ等間隔に並んでいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む