蟹幡郷(読み)かむはたごう

日本歴史地名大系 「蟹幡郷」の解説

蟹幡郷
かむはたごう

和名抄」高山寺本には記されない。刊本は「加無波多」と訓ずる。

延暦二三年(八〇四)六月一〇日付僧綱牒(東南院文書)に「□与相換地事」として「東大寺地一町在山城国相楽郡蟹幡郷」がみえ、この交換にかかわる同月二〇日付東大寺家地相換券文(同文書)に「相換地記」として「地弐町伯弐拾捌歩熟地七段常荒地一町三段百廿八歩」が記され、「右、造東大寺地、在山城国相楽郡蟹幡郷」とある。また永久元年(一一一三)一二月日付玄蕃寮牒案(柳原家記録)に「後田邑光孝天皇陵戸田四至余相楽さからか郡綺郷」とみえる「綺郷」は当郷をさすと考えられるが、里名・名田名として「赤穂・池尻・朝妻安永・曾呂・上津小馬・枝重・橘村・下己呂皮・上船尾東・波蘇瀬」が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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