行永村(読み)ゆきながむら

日本歴史地名大系 「行永村」の解説

行永村
ゆきながむら

[現在地名]舞鶴市字行永・行永東町ひがしまち七条中町しちじようなかまち倉梯くらはし町・倉梯中町なかまち金屋かなや町・北浜きたはま町・南浜町・八反田北町はつたんだきたまち・八反田南町みなみまち

与保呂よほろ谷の谷口集落で、与保呂川の沖積平野に派生する丘陵上に位置する。小字名に下深田しもふかだなどその地形をしのばせるものがある。

伝承によれば行永は一時、幸野ゆきの村といって小字いけおよび椿谷つばきだにに集落をつくっていたが、大永年間(一五二一―二八)古名行永に戻したという。小字池の部に土豪池部重房の屋敷跡があったといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む