西之一色村(読み)にしのいつしきむら

日本歴史地名大系 「西之一色村」の解説

西之一色村
にしのいつしきむら

[現在地名]高山市西之一色町・昭和町(しようわまち)・松倉町(まつくらまち)・花里町(はなさとまち)など

花里村の西、松倉山(八五六・七メートル)の麓に広がる。「飛州志」によると,玄興(げんこう)寺所蔵の文明五年(一四七三)八月の蓮如在判本尊裏書に「大野郡灘郷西之一色村」とある。地名は村内に残る石槨(いしき)(古墳)に由来するという(斐太後風土記)。慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳の大野灘(おおのなだ)郷に西一色(にしのいつしき)村とみえ、袈裟寺(けさでら)村などと四村で高付される(→花里村)。同一八年の郷帳では西一色村として高二一四石余。元禄検地反歩帳の高三三九石余、田二九町余・畑二町七反余。元禄一〇年(一六九七)から高山町伝馬組として馬二疋を負担した(高山市史)。「飛騨国中案内」によると免は五割一分二毛、家数四九、うち寺二・百姓三六・門屋四・借屋二・地借五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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