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松倉城 まつくらじょう

日本の城がわかる事典の解説

まつくらじょう【松倉城〈富山県〉】

富山県魚津市にあった山城(やまじろ)。同県指定史跡。松倉山(鹿熊山、標高430.9m)の山頂の本丸を中心に築かれていた城。三方を断崖に囲まれた堅城で、山頂に連なる長さ約1kmの尾根筋に空堀に仕切られた5つの曲輪(くるわ)を有する越中国最大級の城郭だった。また、尾根続きに升方城と水尾城があり、松倉城はその中間に位置していた。松倉城は1335年(建武2)ごろ、普門(井上)俊清が築城したといわれているが、くわしい築城者・築城年代は不明。椎名氏が築いたとの説もある。南北朝時代には普門氏、続いて桃井氏が居城とし、その後、椎名氏の始祖椎名孫八が入城したとされている。椎名氏は越中守護の畠山氏に仕え、越中国東部の新川郡の守護代に任命された。応仁の乱で守護家の畠山氏が衰退した後は、越中国東部の実質的な支配者として、西部を勢力としていた守護代の神保氏や越後の長尾氏と勢力を競った。永禄年間(1558~70年)、城主の椎名康胤は、神保長職との抗争が激化し、しだいに神保氏の圧迫を受けるようになった。このため、康胤は越後の上杉謙信に援軍を要請、長職は降伏して危機を退けた。しかし、1568年(永禄11)、康胤は上杉氏から離反、一向一揆衆と結んで武田信玄に与した。これに激怒した謙信は松倉城を攻め、康胤を追放した。その後、松倉城には謙信家臣の河田長親が入城。1576年(天正4)には、謙信は尾張の織田信長に与した富山城(富山市)の神保氏を追い、越中を制圧した。しかし、織田氏の軍勢が越中に侵攻し、1583年(天正11)に、松倉城は織田の部将佐々成政に攻められ落城した。その後、信長から越中に封じられた成政は富山城に入城したが、その際、松倉城は成政の持ち城になった。城山のふもとの鹿熊地区(角川流域)には、町屋や館・寺院の建つ城下町が形成されていたが、このころ、城下町は魚津へ移ったといわれている。その結果、越中東部の中心は、魚津城下に移った。成政が羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)に敗れたのち、前田氏(前田利家)の属城となった。そして、慶長年間(1596~1615年)に廃城となる。現在、城跡はかつての本丸を中心に保存状態も良好な曲輪、櫓(やぐら)台、土塁、石垣、虎口、堀切などの遺構が残っている。同城の大手門といわれている石垣の遺構「石の門」がある。主郭群の下方にある大見城平には、城主の居館があったといわれる。また、松倉城周辺には多数の山城や砦の跡が確認され、松倉城を中心とした城塁があったことがわかっている。なお、本丸跡には数百本のヤマザクラが植えられ、「富山さくらの名所50選」に指定されている。JR北陸本線魚津駅からバスで鹿熊小学校前下車、徒歩。◇鹿熊城ともよばれる。

まつくらじょう【松倉城〈岐阜県〉】

岐阜県高山市にあった戦国時代の山城(やまじろ)。戦国時代の飛騨の武将・三木自綱(これつな)の居城だった城で、高山市街の西南方向にある松倉山(標高857m・比高360m)に築かれていた本丸・二の丸・三の丸・出丸などを持った城郭である。戦国時代、飛騨国北部は高原諏訪城を本拠とした江馬氏が、南部は三木氏が支配していた。三木氏は飛騨国守護の京極氏の支配のゆるみや国司の姉小路氏の内紛などを通じてしだいに勢力を拡大し、姉小路氏の家名を継ぐ存在になった。三木自綱は織田信長と結んで勢力を強化しようとした。こうした状況にあった1579年(天正7)、自綱は松倉城を築き、桜洞城から居城を移した。一方、江馬氏は天文年間(1532~55年)ごろに、甲斐の武田氏に属して守護家の姉小路氏を滅ぼして北飛騨を制圧した。その後、江馬輝盛は越後の上杉謙信に属したが、謙信の死後、その後ろ盾を失い孤立した。1582年(天正10)の本能寺の変で信長が横死したことにより、三木氏は大きな後ろ盾を失った。江馬輝盛はこれを好機として南飛騨の制圧に乗り出し、古川盆地に侵攻して三木自綱との間に戦いが起こった。この戦いで輝盛が討死したことにより江馬勢は敗走し、滅亡した。その後、自綱は小島城の小島氏や鍋山城の鍋山氏などの国人領主を滅ぼして飛騨を統一した。その翌年、自綱は羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)に対抗するため、隣国の越中を本拠として秀吉に敵対する越中富山城の佐々成政や越前の柴田勝家と同盟した。このため、秀吉は1585年(天正13)に越前の大野城の金森長近に飛騨への侵攻と三木自綱の討伐を命じた。同年、長近は松倉城に攻め寄せた。松倉城は難攻不落といわれた堅城だったが味方の裏切りで落城し、三木氏は滅亡した。松倉城はその後、金森氏の管理下におかれ修復が行われたが、高山城の築城に伴い廃城となった。現在、松倉山の山頂付近には、石垣で固められた曲輪(くるわ)の遺構が残っており、1956年(昭和31)に岐阜県の重要文化財に指定された。JR高山本線高山駅からバス約10分、飛騨の里下車後、徒歩約20分。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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