花里村(読み)はなさとむら

日本歴史地名大系 「花里村」の解説

花里村
はなさとむら

[現在地名]高山市花里町・天満町(てんまんまち)・名田町(なだまち)・越後町(えちごまち)など

高山町の西に隣接し、宮(みや)川と苔(すのり)川の間に位置する。飛騨街道・高山街道が通り、平地で土地柄もよい。仁安元年(一一六六)頃の飛騨国雑物進未注進状(宮内庁書陵部蔵)に花里郷がみえる。田一三町六段三〇〇歩・畠四町一段小があり、国佃・庁分佃各一二〇歩など除田六段余。郷司得分として佃半・所当米八斗余・布二反・苧二目などが賦課されていた。なお、武行名のうちにみえる天満宮免(除田四段)は当地の飛騨天満神社にあたるか。

慶長一〇年(一六〇五)の飛騨国郷帳では大野灘(おおのなだ)郷に属し、高一五六石余、うち田方一五三石余・畑方三石余、物成高六二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む