西井出上村(読み)にしいでのうえむら

日本歴史地名大系 「西井出上村」の解説

西井出上村
にしいでのうえむら

[現在地名]赤碕町出上いでかみ

みつ村の南に位置し、勝田かつた川を挟んで東は東井手上村。拝領高は一一四石余、本免は四ツ二分。藪役銀八匁を課されており(藩史)、山田氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」によれば高一二六石。幕末の六郡郷村生高竈付では生高一二七石余、竈数三六。享保二〇年当村とともに立子谷たつこだにに属するなか太一垣たいちがき佐崎さざきの各村と以西谷いさいだにの東井手上村などとの間で秣場相論が起きている(在方諸事控)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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