赤碕町(読み)あかさきちよう

日本歴史地名大系 「赤碕町」の解説

赤碕町
あかさきちよう

面積:五七・六八平方キロ(境界未定)

東伯郡の西端に位置。東から南にかけては東伯町、西は西伯(さいはく)郡中山(なかやま)町に接し、北は日本海に面する。南部には大山の支峰である勝田(かつた)ヶ山・船上(せんじよう)山などがあり、それぞれを源とする勝田川・黒(くろ)川が北流して北西部で日本海に注いでいる。集落は海岸部を中心に、勝田川右岸の以西谷(いさいだに)、黒川沿いの立子谷(たつこだに)などに点在する。北部海岸沿いを国道九号とJR山陰本線が東西に走る。

縄文時代から弥生時代にかけての遺跡は少なく、南東部にある松(まつ)ヶ丘(おか)遺跡から石鏃や石斧などが出土している程度。古墳は笠取塚(かさとりづか)古墳や出上岩屋(いでかみいわや)古墳をはじめ数多く、おもな古墳群として別所(べつしよ)古墳群・篦津(のつ)古墳群・梅田(うめだ)古墳群・丸山(まるやま)古墳群・光(みつ)古墳群・西宮(にしみや)古墳群などがある。「和名抄」に載る八橋(やばせ)郡篦津郷・荒木(あらき)郷が現町域の一部に比定される。船上山は大山に並ぶ聖山として古くから開かれていたようで、奈良時代にはすでに堂舎が建てられていたと伝え、鎌倉時代の宝篋印塔や、数多くの寺跡が残っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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