西古里村(読み)にしふるさとむら

日本歴史地名大系 「西古里村」の解説

西古里村
にしふるさとむら

[現在地名]寄居町西古里、比企郡小川おがわ町西古里

鷹巣たかのす村の東に位置し、北は本田ほんだ(現川本町)北東は比企郡古里村(現嵐山町)平地比企丘陵に連なる低い尾根上にある。かつて古里村に含まれていたが、分村して男衾おぶすま郡所属となった際に西を冠して村名としたという(風土記稿)。元和三年(一六一七)五月、牛奥太郎右衛門(昌成)は西古里などで五二石余を宛行われ(記録御用所本古文書)、当村における同家の知行は二〇石として幕末に至る(旧高旧領取調帳など)。田園簿では田方一五一石余・畑方五一石余、牛奥昌成・昌次二家と大木中根西山の旗本五家および幕府領七六石余の相給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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