西峰番所跡(読み)にしみねばんしよあと

日本歴史地名大系 「西峰番所跡」の解説

西峰番所跡
にしみねばんしよあと

[現在地名]大豊町西峰

近世、南小川みなみこがわ沿いに阿波国阿佐あさ(現徳島県三好郡東祖谷山村)に通ずる往還に設けられた口番所。国境京柱きようばしら峠をやや下った所にある。

慶長九年(一六〇四)三谷次郎三郎が西峰口番人兼西峰村庄屋役に任ぜられ、以後代々兼務したが、元禄一六年(一七〇三)番人役と庄屋役を分離して三谷家の兄弟がその任に当たった(三谷家文書)。庄屋役はのち松本家に移ったが、番人役は三谷家が明治まで世襲した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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