西永町(読み)にしながちよう

日本歴史地名大系 「西永町」の解説

西永町
にしながちよう

[現在地名]江東区平野ひらの三丁目

仙台せんだい堀の枝川東岸に沿った片側町。深川築地二四ヵ町の一。深川西永ふかがわにしなが町とも称した。西は枝川を挟んで山本やまもと町、北は元加賀もとかが町・尾張藩徳川家下屋敷、南から東にかけては三好みよし町。文政町方書上によると、元禄一四年(一七〇一)六月、西河岸にしがし(現中央区)の米津屋久右衛門・桜井屋小左衛門・小川屋源右衛門の三名が、関東郡代伊奈半左衛門に願出て元加賀新田内の茅野を地代金を上納して買請け、町場となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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