西興野村(読み)にしこうやむら

日本歴史地名大系 「西興野村」の解説

西興野村
にしこうやむら

[現在地名]立川町狩川かりかわ

東・南は狩川村、西は小真木こまぎ(現余目町)、北は古関ふるせき(現同上)。狩川大堰の分水を引き、寛永五年(一六二八)に開村したと伝えられ、村名は狩川村の東方にある東興野村に対して名付けられたという。正保郷帳に村名がみえ、田一四六石余・畑一六石余。正保庄内絵図(本間美術館蔵)には西興ヤ村とあり高一六二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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