西野(読み)にしの

日本歴史地名大系 「西野」の解説

西野
にしの

[現在地名]大内町岩谷町

岩谷町(いわやまち)村の西の広い原野で、近世初頭から畑として開拓されてきた。水を得れば田となる土地であったため亀田藩でも注目していたが、既墾地に影響を与えず水源を得ることが難しく、宝暦―明和(一七五一―七二)にかけて、幾度か開田計画がたてられたが、実行に移されなかった。

天明三年(一七八三)の大飢饉後、文化三年(一八〇六)亀田藩では渡合忠作を開墾奉行に任じ、西野開田に踏み切った。用水源として隣村川口(かわぐち)村に小沢(こさわ)新堤・猿田沢(さるたさわ)新堤、岩谷麓(いわやふもと)村に新山(しんざん)新堤をつくり、西野まで約三キロの用水路を築いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む