日本歴史地名大系 「西長岡村」の解説 西長岡村にしながおかむら 岩手県:紫波郡紫波町西長岡村[現在地名]紫波町西長岡北上川左岸の平坦地と東方の山間丘陵地を占め、南は草刈(くさかり)村・犬吠森(いぬほえもり)村・北田(きただ)村、東は山屋(やまや)村、西は北上川を隔て高水寺(こうすいじ)村、土橋(つちはし)村(現矢巾町)、北は東長岡村。遠野街道が通る。元和八年(一六二二)の南部利直知行宛行状(八戸鵜飼文書)に長岡村とみえ、同村のうち砂子沢(いさござわ)(二三石余、現盛岡市)・山屋(やまや)(二二石余)・舟久保(ふなくぼ)(三二石余)など都合一五〇石が鵜飼宮内に与えられている。 西長岡村にしながおかむら 千葉県:香取郡大栄町西長岡村[現在地名]大栄町伊能(いのう)伊能村の南に位置する。古くは長岡村とも称され、元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高二二石余で、幕府領・旗本松平領・与力給知。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by