西開(読み)にしびらき

日本歴史地名大系 「西開」の解説

西開
にしびらき

[現在地名]柳川市大浜町おおはままち

ひがし開の南西沖端おきのはた川河口と有明海側に開かれた村。山門やまと郡に属する。柳川藩領。江戸時代は村付されず、「西御開」と記される(「御用日記」立花家文書)。享和三年(一八〇三)筑後国郡村仮名附帳には宮永みやなが村枝郷として西新田と記される。旧高旧領取調帳には西開とあり、高九七〇石余。幕末から明治初年の反別は九七町余(郡郷)。なお観音かんのん開は藩士村山氏の援助を受け、延享期(一七四四―四八)に藩営で干拓され、六十丁開は天明(一七八一―八九)頃に藩営で干拓された(柳河藩の近世干拓)。文政一一年(一八二八)の八月大風により、流家・倒家などの被害を受けた(「覚」伝習館文庫)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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