西除川・東除川(読み)にしよけがわ・ひがしよけがわ

日本歴史地名大系 「西除川・東除川」の解説

西除川・東除川
にしよけがわ・ひがしよけがわ

両河川の名称は狭山さやま町の狭山池の余剰水を流出する「除ヶ口」からきている。西除川は、河内長野市の西部山地に源を発する天野あまの川が、同市天野町辺りから名称をかえて狭山池に流入し、狭山池西岸の西除口から流出し、やや西に向かって北流しながら美原みはら町西部の南余部みなみあまべ今井いまいを経て松原市に入り、河合かわい東代ひがしだいなどを通ってほりから西北に転じ、堺市浅香山あさかやまの国鉄阪和線鉄橋近くで大和川に流入する。指定流路延長二六・二キロ。宝永元年(一七〇四)の新大和川開削以前の狭山池分水図(大依羅神社蔵)によると、現在の大阪市東南部に巨麻こま川・天道てんどう川・いま川の三河川が並行にほぼ北流している。この天道川が大和川に流路を断ち切られるまでの西除川の末流で、狭山池からの余水と、広大な地域から集めた流れを受ける相当大きな川である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む