覚善村(読み)かくぜんむら

日本歴史地名大系 「覚善村」の解説

覚善村
かくぜんむら

[現在地名]三国町覚前かくぜん

三国湊の東北、加越台地の南麓に位置する。室町時代中期以前の記録「坪江下郷三国湊年貢夫役等事」(大乗院文書)に、

<資料は省略されています>

とある、坪江つぼえしも郷の番頭の一人各善番頭に由来する村名と思われる。なお各善番頭については「河口庄綿両目等事」(同文書)中の「正応三年御実検 用途事」にも「各善番 六十四丁二反大 分銭八十三貫五百四十七文」とみえる。安位寺殿御自記(同文書)寛正五年(一四六四)八月一八日条には「坪江郷番頭与覚善道場相論事」という記録もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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