観音山磨崖供養塔婆群(読み)かんのんやままがいくようとうばぐん

日本歴史地名大系 「観音山磨崖供養塔婆群」の解説

観音山磨崖供養塔婆群
かんのんやままがいくようとうばぐん

[現在地名]泉崎村踏瀬 観音山

踏瀬ふませ北方約六〇〇メートルほどにある。南東方向に張出す観音山丘陵の南側先端部にある中世の大規模な磨崖供養塔婆群。県指定史跡。丘陵縁に露出した白河石の崖面に高さ約一〇メートル・幅約三八メートルにわたって彫られ、七段に並ぶ。俗に五百羅漢ともいわれ、これらのなかには極彩色・漆喰の供養塔や弘安八年(一二八五)の墨書のあるもの、浮彫阿弥陀三尊来迎供養塔・陰刻線彫五輪塔などがある。時代の下るものは寛永(一六二四―四四)年号のものもある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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