角打村(読み)つのうちむら

日本歴史地名大系 「角打村」の解説

角打村
つのうちむら

[現在地名]身延町角打

南流する富士川東岸の段丘きた沢・みなみ沢が富士川に合流する小扇状地に位置し、北は丸滝まるたき村。富士川沿いを東河内ひがしかわうち路が南北に走る。枝郷として上行原じようぎようはら(現在は上行)がある(甲斐国志)。慶長古高帳に角打とみえ、高四三石余。宝暦六年(一七五六)版の三郡村高帳では高一〇三石余。寛政二年(一七九〇)の田畑人馬書上帳(市川覚夫家文書)によると家数三四・人数一六二、馬は雌馬九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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