諸術調所跡(読み)しよじゆつしらべしよあと

日本歴史地名大系 「諸術調所跡」の解説

諸術調所跡
しよじゆつしらべしよあと

[現在地名]函館市弥生町

箱館奉行所が安政三年(一八五六)に設立した洋学の研究教育施設で、蝦夷地の開拓と警備に必要な人材育成を目指した。教授には五稜ごりよう郭設計で有名な伊予大洲藩出身の武田斐三郎成章が就任。御役所の坂(現基坂)西の斐三郎役宅の隣家を買って舎屋とした。万延元年(一八六〇)箱館全図では盛岡藩留守居所の裏手(松蔭町)に「諸術調所」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む