日本歴史地名大系 「谷中神田感応寺門前」の解説 谷中神田感応寺門前やなかかんだかんのうじもんぜん 東京都:台東区旧下谷区地区谷中神田感応寺門前[現在地名]台東区谷中(やなか)六丁目谷中町の西、日蓮宗神田感応寺の門前に形成された拝領町屋。西と北は神田感応寺境内、南は大雄(だいおう)寺。神田感応寺は明暦三年(一六五七)の大火ののち神田から谷中に転入。門前町は神田時代から存在した(寺社備考)。町屋は表門前北側にあって東西一二間三尺・南北奥行三間三尺。文政九年(一八二六)の家数四、うち家守一・店借三。なお谷中神田感応寺・谷中西光(さいこう)寺・谷中自性(じしよう)院・谷中金嶺(こんれい)寺の各門前は、のちに谷中上三崎北(やなかかみさんさききた)町に属する五門前町と合せて谷中九ヵ寺門前と唱え、町用などを共同で勤めた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by