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豊城入彦命/豊木入日子命 トヨキイリヒコノミコト

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デジタル大辞泉の解説

とよきいりひこ‐の‐みこと【豊城入彦命/豊木入日子命】

崇神(すじん)天皇の皇子。東国の上毛野君(かみつけののきみ)・下毛野君(しもつけののきみ)の祖とされる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

豊城入彦命 とよきいりひこのみこと

記・紀にみえる崇神(すじん)天皇の皇子。
母は遠津年魚眼眼妙媛(とおつあゆめまくわしひめ)。豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の兄。名は豊城命(とよきのみこと)とも。「日本書紀」によると,崇神天皇48年に天皇が命と活目尊(いくめのみこと)の2皇子に夢占いをさせた結果,弟の尊を皇位の継承者(のちの垂仁(すいにん)天皇)とし,命は東国の支配を命じられたという。上毛野君(かみつけののきみ),下毛野君(しもつけののきみ)の始祖。「古事記」では豊木入日子命。

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朝日日本歴史人物事典の解説

豊城入彦命

『古事記』『日本書紀』によれば,崇神天皇の皇子。豊城命とも。母は紀伊国造の娘,遠津年魚眼眼妙媛。崇神天皇が豊城命と異母弟活目尊(のちの垂仁天皇)のいずれかに皇位を継承させようと,それぞれに夢占いをさせたところ,豊城命は御諸山(桜井市の三輪山)に登って,東に向かって槍を8回突き,剣を8回振った夢を見,活目尊は御諸山の山頂に登り,縄を四方に張りめぐらして粟をついばむ雀を追い払う夢を見たと奏上した。天皇は,兄は東方のみに向かったので東国を治めさせ,四方への配慮がある弟に皇位を継がせたという。上毛野君,下毛野君の始祖。孫の彦狭嶋王は東山道15国の都督に任じられ,曾孫の御諸別王は東国に善政を施いたと伝えられる。

(寺田恵子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の豊城入彦命/豊木入日子命の言及

【二荒山神社】より

…旧称宇都宮大明神。豊城入彦(とよきいりひこ)命,大物主命,事代主命をまつる。豊城入彦命は崇神天皇の皇子で,皇命をうけて東国を平定,のち当地にとどまったが,4世孫奈良別王が下野国造となり,祖神を奉斎したのが当社の起源と伝える。…

※「豊城入彦命/豊木入日子命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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