豊山寺跡(読み)ぶさんじあと

日本歴史地名大系 「豊山寺跡」の解説

豊山寺跡
ぶさんじあと

[現在地名]八戸市内丸二丁目

内丸うちまる二丁目の北、旧二の丸の北に位置する。南におがみ神社(もと法霊社)がある。真言宗。寛保四年(一七四四)の諸寺院寺号山号帳(八戸市立図書館蔵)に「五拾石 京都初瀬小池坊末寺 自在山豊山寺」とある。古くは東善とうぜん(禅)寺と称し、城にあったが、寛永四年(一六二七)根城南部氏の遠野とおの(現岩手県遠野市)転封とともに移転したため八戸藩創設後その跡を再興し、二の丸の北の鬼門に藩の祈願所として建立したものという(「御領内寺院来由全」同館蔵)。延宝三年(一六七五)現寺名に改称され(「八戸藩日記」同年一〇月二二日条)、同八年には根城からの移転普請が行われている(同日記同年五月四日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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