豊部内町(読み)とよべないちよう

日本歴史地名大系 「豊部内町」の解説

豊部内町
とよべないちよう

[現在地名]檜山郡江差町字豊川町とよかわちよう・字檜岱ひのきたいなど

近世から明治三三年(一九〇〇)まで存続した町。九艘川くそうがわ町の北東、東の山地から西流する豊部内川の南岸に沿う。もと豊部内村と称したが、町場が形成されて改称された。豊部内川の北岸には詰木石づみきいし町・川原新かわらしん町がある。近世後期から明治初期の壁坂かべさか町・川原町は当町に含まれるという(江差)。元禄郷帳に「とよべ内村」とみえ、享保十二年所附には豊部内とみえる。正徳二年(一七一二)から当地内ささ山で鉛の採取が始められ、翌三年には一日に掘出した量のうち半分を捨てても二四、五貫目ほど(このなかに銀も混じる)を採取した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android