賀儀城跡(読み)かぎじようあと

日本歴史地名大系 「賀儀城跡」の解説

賀儀城跡
かぎじようあと

[現在地名]竹原市忠海町

宮床(みやとこ)浦の東端、海上に突き出した標高二五メートルの小丘上にあり、沼田小早川宣平の子孫浦宗勝の居城で、室町時代中期の築成とされる。「国郡志下調書出帳」は「四方なめら山嶮にして高さ凡拾六間、山上平地、上の段広さ凡五百坪、次の段広さ凡百六十坪、昔は三方海、西の方地続、南は海峰、嶽々として登るべき処なし」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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