赤山古墳(読み)あかやまこふん

日本歴史地名大系 「赤山古墳」の解説

赤山古墳
あかやまこふん

[現在地名]津田町鶴羽

全長五〇メートル余の前方後円墳であったとされているが、現在は後円部の一部を残すだけとなって、旧状をとどめていない。しかし墳頂部には大小二基の凝灰岩質の刳抜式石棺の一部が露出しており、一号石棺は長さ約二・六メートルで古墳の主軸に平行し、長さ二・二メートルの二号石棺は主軸に直交する形になっている。この古墳は安政二年(一八五五)に一度発掘されており、その際石棺のそばから勾玉・壺・高坏等が出土したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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