赤川久七新田(読み)あかがわきゆうしちしんでん

日本歴史地名大系 「赤川久七新田」の解説

赤川久七新田
あかがわきゆうしちしんでん

[現在地名]長岡中島なかじま四―六丁目・水道すいどう町二―三丁目

長岡町の西、うち(柿川)と信濃川に挟まれた中島の地区で、内川を挟んで長岡城下呉服ごふく町の対岸に近いところにある。かつてこの地の多くは雑草が茂り、長岡の秣草刈場となっていたが、石打いしうち村の住人久七がここに入り、新田を開拓したと伝える。したがって、当村は石打村の分村とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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