赤枝村(読み)あかえだむら

日本歴史地名大系 「赤枝村」の解説

赤枝村
あかえだむら

[現在地名]磐梯町赤枝

落合(おちあい)村の北西、大谷(おおたに)川の北岸に位置する。塩川組に属し、宮在家(みやざいけ)・末那板倉(まないたぐら)・下原(したはら)新田・切立(きりだて)新田の各端村がある。古く赤井田(あかいだ)と称し、地内に四尺四方の小池があったことに由来する地名といい、この小池は災異のときに水の色が赤く変わったとされる(新編会津風土記)。永正八年(一五一一)の修理の裏銘のある恵日寺絵図(恵日寺蔵)に赤枝とみえる。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では赤井田とみえ、高五六三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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