赤桶城跡(読み)あこうじようあと

日本歴史地名大系 「赤桶城跡」の解説

赤桶城跡
あこうじようあと

[現在地名]飯高町赤桶 城山

赤桶の片栗子(かたくるす)の小高い丘陵頂部にある。標高は二四二メートルである。南に櫛田(くしだ)川が流れ、南赤桶の集落が一望される。軍事的にも要害の地といえよう。「五鈴遺響」に「北畠家臣閼伽桶善四郎住ス」と記され、閼伽桶氏は波瀬(はぜ)・峰(みね)・乙栗子(おとぐるす)・田引(たびき)・粟野(あわの)の諸侍とともに川俣(かばた)谷の一揆を形成していたといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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