赤連村
あがれーむら
[現在地名]喜界町赤連
湾村の東に位置し、北部は海に面する。湾間切のうち。「喜界島代官記」に伊砂間切の与人などとしてみえる長嘉の初代が、アダン山を切払うなどして当地を開いたと伝え、その祖はもと塩道のアガレーの出身と伝える。アガレーは太陽が上る方の意とされ、湾の喜界島の役所に勤めるにあたって当地に移住、屋号となっていたアガレーを用いていたところ近世に赤連の表記になったという。赤連村の排水溝の整備、羽里村の窮民の救済のほか、湾村・赤連村の人々に牛馬・農具を貸与したり、砂糖樽の用材である帯竹を大島から自費で購入して無償で配布するなどを行っている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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