赤間関在番所跡(読み)あかまがせきざいばんしよあと

日本歴史地名大系 「赤間関在番所跡」の解説

赤間関在番所跡
あかまがせきざいばんしよあと

[現在地名]下関市南部町

赤間神宮のある紅石(べにいし)山の西方、小高い城(しろ)山を背に関門(かんもん)海峡を望む地にあって、長府藩が赤間関の町政を行うために設けた役所。

赤間関在番役は「一人ヲ置キ赤間関市街の庶務ヲ掌ル。此役ハ物頭上席ヲ以テ之ニ任スル例ニシテ其配下足軽ヲ率ヒ市街ヲ警衛セシム」(もりのしげり)という任務を行った。在番役は任命されると単身で赴任し、役目御免になるまで自分の屋敷へ帰ることが許されなかったという。

在番役の権勢は大きく、赴任して来た時には町年寄一統は大門の外に整列して迎え、津口(つぐち)および王司鼻(おうじばな)の各番所、西之端(にしのはし)町の会所の巡視があり、退任の時には町役一同は阿弥陀寺(あみだじ)町の境まで見送った(御在番御交代之節控)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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