趙安博(読み)ちょうあんぱく(その他表記)Zhao An-bo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「趙安博」の意味・わかりやすい解説

趙安博
ちょうあんぱく
Zhao An-bo

[生]1915
[没]1999.12.23. 北京
中国の政治家。日本の旧制第一高等学校中退。国共内戦の際,八路軍第 120師の工作員をつとめ,延安では日本労農学校教務主任として日本人捕虜の教育にあたった。 1945年東北人民政府外事局日僑管理委員会主任,59年以降人民外交学会理事。 54年中国紅十字訪日代表団員となり数回にわたって来日したが,64年の原水爆禁止世界大会の際は,日本への入国を拒否された。 63年 10月成立した中日友好協会の秘書長に就任。文化大革命以来,公式の席に姿を現していなかったが,77年中日友好協会理事として北京に姿を見せた。

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