…1438年(永享10)8月から翌年2月にかけて,鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実,憲実を援護する将軍義教との間の抗争に端を発した東国の内乱。幕府と鎌倉府の関係は両府の成立以来必ずしも良好といえるものではなかった。とくに上杉禅秀の乱以後は持氏が禅秀与党の征討と称して,反鎌倉,親幕府的な東国諸氏の討伐を敢行したことによって対立はますます深まっていった。乱後の持氏と憲実との関係も微妙なものであった。持氏は反鎌倉的な東国諸氏に強硬な態度で臨んだのであるが,憲実は融和的,親幕府的であった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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