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足利義久 あしかが よしひさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

足利義久 あしかが-よしひさ

1426-1439 室町時代の武将。
応永33年生まれ。足利持氏の子。鎌倉公方(くぼう)の父が将軍足利義教(よしのり)と対立し,永享10年に永享の乱がおこる。幕府軍によって父は敗れ11年自害,義久も同年2月28日自害した。14歳。幼名は賢王丸。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の足利義久の言及

【永享の乱】より

…1438年(永享10)8月から翌年2月にかけて,鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実,憲実を援護する将軍義教との間の抗争に端を発した東国の内乱。幕府と鎌倉府の関係は両府の成立以来必ずしも良好といえるものではなかった。とくに上杉禅秀の乱以後は持氏が禅秀与党の征討と称して,反鎌倉,親幕府的な東国諸氏の討伐を敢行したことによって対立はますます深まっていった。乱後の持氏と憲実との関係も微妙なものであった。持氏は反鎌倉的な東国諸氏に強硬な態度で臨んだのであるが,憲実は融和的,親幕府的であった。…

※「足利義久」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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