軽海西城跡(読み)かるみにしじようあと

日本歴史地名大系 「軽海西城跡」の解説

軽海西城跡
かるみにしじようあと

[現在地名]真正町軽海

現在の円長えんちよう寺の寺域に所在した。稲葉氏数代の居城であったが、応仁二年(一四六八)稲葉氏が東濃へ移り、のちに斎藤道三が領知し住んだという(美濃国諸旧記)。永禄二年(一五五九)織田信長勢と斎藤龍興勢が当地で合戦した。戦後同三年織田氏の将池田恒興の家老片桐半右衛門が旧城を修復して居城としたが、のち池尻いけじり(現大垣市)へ移った。天正一七年(一五八九)三月豊臣秀吉の将一柳伊豆守直末が大垣城から当城に移り六万石を領した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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