軽米通(読み)かるまいどおり

日本歴史地名大系 「軽米通」の解説

軽米通
かるまいどおり

九戸郡西半に設定された八戸藩の行政区域で、軽米通代官所(現軽米町)の管轄下にあった。寛文四年(一六六四)八戸藩が成立した際に、宗藩の盛岡藩での通を踏襲して設定されたものであろう。同一一年に代官の管轄区域が定められたが、同六年の七郎兵衛ほか宛書状(阿部文書)に「かるまい御代官」とある。また同五年の「八戸藩日記」に軽米御蔵奉行がみえ、小山田孫八が就任している。軽米通代官所は軽米城二の丸跡に置かれた。管轄区域は同一二年に領内に制札場が設けられた際に、軽米通として記された集落名から考えることができ、制札場は本木(もとき)・小泉(こいずみ)・寺田(てらた)・葛巻(くずまき)・小田(こた)(現岩手郡葛巻町)、戸田(とだ)・伊保内(いぼない)・長興寺(ちようこうじ)・江刺家(えさしか)・泉田(いずみだ)・山根井(さんねい)・荒屋(あらや)(現九戸村)、観音林(かんのんばやし)・軽米町・小軽米(こがるまい)・上館(かみだて)・円子(まりこ)・玉川(たまがわ)・高家(こうけ)(現軽米町)にあった(八戸藩史料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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