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辻内刑部左衛門 つじうち ぎょうぶざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

辻内刑部左衛門 つじうち-ぎょうぶざえもん

?-1672 江戸時代前期の開拓者。
幕府大工棟梁(とうりょう)。鉄牛道機(てつぎゅう-どうき)の尽力で幕府の許可を得,白井治郎右衛門下総(しもうさ)椿海(つばきのうみ)(千葉県)の干拓の請負人となる。工事中の寛文12年8月死去。干潟八万石とよばれる新田開発は養子善右衛門がひきついだ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

辻内刑部左衛門

没年:寛文12.8(1672)
生年:生年不詳
江戸前期,江戸幕府普請方の大工棟梁で椿新田(千葉県)開発の立役者。元桑名藩(三重県)の御抱大工であったが二条城修築の功績で幕府に召し抱えられる。土木測量の高い技量を買われ,白井次郎右衛門の誘いで椿海干拓計画出願に参加,幕閣を動かして幕府直営開発に踏み切らせ,開発請負人となるが,途中資力の尽きた白井の脱落により頓挫。その後は独力での請負を出願し,幕閣にくい込んでいた禅僧鉄牛の仲介を得て開発請負に成功。親類の江戸材木商野田屋,栗本屋を下請けとして排水工事に着手,湖水を九十九里浜へ落とす新川開削に成功(1670)するが,通水により沿岸住民に大被害を与え,対策実施中に病没する。開発事業は養子善右衛門が継いだ。椿新田は元禄検地(1695)で水田2740町歩余(約2717ha),通称「干潟八万石」と称された。なお,これまでこの開発を町人請負とするものがあるが誤り。<参考文献>『千葉県海上町史・椿新田関係史料』

(川名登)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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