近藤篤山邸跡(読み)こんどうとくざんやしきあと

日本歴史地名大系 「近藤篤山邸跡」の解説

近藤篤山邸跡
こんどうとくざんやしきあと

[現在地名]小松町新屋敷 旧藩

小松陣屋跡の西側、国鉄予讃本線伊予小松駅から南へ約五〇〇メートルにある。県指定史跡で、現在は旧邸のうち表門と邸内小門と書斎(木造平屋建・四畳半)や篤山椿が残っており、昔は尋芳堂と称したという。

篤山(一七六六―一八四六)は現宇摩うま土居どい小林こばやしの生れで、大坂に遊学し尾藤二洲の高弟となった朱子学者で伊予聖人と称せられた。初め現川之江かわのえ市に塾を開いていたが、文化三年(一八〇六)小松藩主一柳頼親に賓師として招聘された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む