追分新田村(読み)おいわけしんでんむら

日本歴史地名大系 「追分新田村」の解説

追分新田村
おいわけしんでんむら

[現在地名]大府市共栄きようえい

知多半島の北部丘陵にあり、東は追分村、北は桶廻間おけはざま(現名古屋市)に接する。古くはミツヤと呼称した。「寛文覚書」によれば、概高七四石余、田方六町四反余・畑方六反余、ほかに七石九斗余の新田があり、家数六・人数三〇。大通行には鳴海なるみ宿(現名古屋市)へ人馬を出し、上洛・朝鮮人来朝・茶壺道中にも人馬を出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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