浄妙寺(読み)ジョウミョウジ

百科事典マイペディアの解説

浄妙寺【じょうみょうじ】

鎌倉市にある臨済宗建長寺派の寺。本尊釈迦如来。鎌倉五山の一つ。1188年足利義兼(よしかね)が退耕行勇(たいこうぎょうゆう)を開山として創建した極楽寺が前身。開山塔といわれる光明(こうみょう)院に足利義詮(よしあきら)の遺骨が分骨され,毎年,足利氏祖廟として鎌倉公方(かまくらくぼう)の参詣を受けた。木造退耕禅師座像は重要文化財,境内は国指定史跡。

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デジタル大辞泉プラスの解説

浄妙寺

神奈川県鎌倉市にある寺院。臨済宗建長寺派。山号は稲荷山。鎌倉五山のひとつ。1188年創建の真言宗の寺院、極楽寺が起源。正嘉年間(1257~59)に、月峯了然(げっぽうりょうねん)が禅宗に改めて改称。境内は国指定史跡。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょうみょうじ【浄妙寺】

京都府宇治市木幡(こはた)にあった藤原北家の菩提寺。木幡寺とも呼ばれた。平安時代,藤原北家の墓地は木幡の里に営まれた。当寺は,11世紀初頭,藤原道長がこの木幡墓地に造営した三昧堂に始まり,当初はほかに大門,客殿,多宝塔などがあり,壮大をきわめた。鎌倉時代以降,しだいに衰微し,中世末に廃絶した。現木幡小学校一帯が寺址と推定されるが,大部は未発掘で,伽藍配置などいまだ不明である。【藤井 学】

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大辞林 第三版の解説

じょうみょうじ【浄妙寺】

鎌倉市にある臨済宗建長寺派の寺。山号は稲荷山。1188年足利義兼の創建した極楽寺と称する真言宗寺院で、開基は退耕行勇。のち禅宗の法楽寺になり、1321年、足利尊氏によって浄妙寺と改められたという。86年鎌倉五山に列せられた。

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世界大百科事典内の浄妙寺の言及

【墓】より

…このように遺体を尊重する風は,貴族の墳墓に対する考え方に影響を与えた。藤原道長は北家の墳墓の地である宇治の木幡の側近くに死者の冥福を祈って墓寺である浄妙寺を建立した。しかしまだ,貴族たちは埋葬地に卒都婆を立ててももうでることはなく,葬送の地には鬼がいる,などといって近寄らなかった。…

※「浄妙寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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