通町一丁目・通町二丁目(読み)とおりまちいつちようめ・とおりまちにちようめ

日本歴史地名大系 「通町一丁目・通町二丁目」の解説

通町一丁目・通町二丁目
とおりまちいつちようめ・とおりまちにちようめ

[現在地名]高松市通町・城東町じようとうちよう一丁目・片原町かたはらまち

高松城南東、外堀(東浜港)東岸から南に延びる道路に沿った町人町。天保一五年(一八四四)の城下図によると片原町筋までが一丁目、南の大工だいく町筋までが二丁目で、二丁目南端部では通りの東側一部が塩屋しおや町一丁目。一丁目の中央西側に外曲輪に通じる海出うみで橋が架かり、西詰に枡形・番所、東詰に制札場・木戸がある。橋の南側に外堀をまたぐように「鳥屋町」が記され、そこから南の片原町筋にかけては外堀に出張った掛作りの町であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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