遍田村(読み)へだむら

日本歴史地名大系 「遍田村」の解説

遍田村
へだむら

[現在地名]緑区辺田町へたちよう

平山ひらやま村の南西にあり、みやこ川が流れる。辺田とも。同川の北東側に土塁と空堀に囲まれた方形の単郭がみられ、立堀たてぼり館跡と称されるものの、その性格は未詳。近くに前田まえだ新堀しんぼりなどの地名があるほか、村内には市道いちみち的場まとば金屎かなくそが残る。文禄四年(一五九五)当時は平山郷のうちであったとされ(元禄一一年「平山村明細帳」永野家文書)、のち分村、寛永五年(一六二八)の小弓領郷帳には平山之郷五五八石余と別に「扁た村」二三三石余(うち田一八六石余)が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む